「愛を読むひと」

ケイト・ウィンスレットアカデミー賞主演女優賞を獲得した作品。しかし、ゴールデングローブ賞では年始に公開された「レボリューショナリー・ロード」で主演女優賞、本作で助演女優賞を受賞しており、アカデミー賞の選考基準がいまいちよくわからないな〜と思ってた。両作品を観たところ「レボ〜」が主演、本作が助演という見方が妥当だと思う。そして、この映画が描いたのは、単なる男女関係ではなく、時代背景が色濃くでた人間ドラマであり、映画のシチュエーションや演技の質も「女優賞」を捧げるならば、男としてはあちらを選びたい。

序盤は期待していたとおり「綺麗なお姉さんは好きですか?」という展開で、ケイト・ウィンスレットが惜しげもなく裸体を披露してくれる。しかし「秘密性」という言葉が散りばめられていて、そのとおり物語は徐々に変容していく。そして中盤、再会の場所が示すとおり明らかに映画の雰囲気は変わる。終盤に至っては観客に質問を投げかけるようなシリアスドラマに様変わりする。この3っの場面構成をスティーヴン・ダルドリー監督は実にうまく仕上げてくれた。「めぐりあう時間たち」は忘れちゃったけどあれもうまかったかなぁ。

主人公マイケルはケイト・ウィンスレット扮する女性ハンナ・シュミッツと出会う。関係を持った二人は逢引を繰り返し、彼女の希望から本を読み聞かせることになる。しかしその一夏の恋は突然終わりを告げる。やがてロースクールに通い始めたマイケルは被告人として法廷に立つハンナを見る。そこで彼女の秘密が明らかになったとき、マイケルは互いの人生の歯車がすでに狂っていたことを知る。真実を知るマイケルだが、愛する彼女に手を差し伸べることが彼女を傷つけることになると気づく、そのときマイケルは打ちひしがれ涙した。この畳み掛けるような心理描写が良かった。「ロマンスが読みたい」という観客を見透かしたような台詞には苦笑いしたが。

ただ、この映画のテーマは、あくまでマイケル側の視点だから成立するのであって、時折ハンナ視点に移り変わるのには混乱した。言ってしまえば演技力が問われるのも男性のほうだ。「The Reader」とはマイケルのことだが、マイケル側から見ればそれはハンナでもある。物語としてはそれで充分完成されているので、ハンナ側から描く必要はないように思えた。もし一貫してマイケル側から描いていれば、彼の選択がやや軽く見えることもなく、二人の「愛を読み終えた」ような読後感みたいな余韻が味わえたんじゃないかなぁ。

時代に翻弄された愛の行方とは、現代に通ずる真理なのかもしれない。そんな問い掛けに答えられるわけもなく、俯いて劇場を後にする「坊や」な俺であった。(★★★)