「ディア・ドクター」

人を救うことができる「人」である医者は、屈指の名医ともなればその一手を「神の手」と称され、多くの人から崇められることになる。人口1500人の辺鄙な村にそれを職とする人がいれば、村人たちにとってはもはやその存在自体が「神」であり、一種の宗教とも言えるほどの尊敬の念を集めることとなる。しかし、もしその神がニセモノだったとしたら?村人たちの敬意も嘘になってしまうのか?そんな不可侵領域のような感情に目を付けたのが、「蛇イチゴ」「ゆれる」の西川美和監督最新作であるこの映画。

これ「Dear Doctor」なんて言うもんだから、てっきり現代医療に対する警鐘みたいなもんだと思っていた。まぁ、それはそうだとも思うんだけど、俺がこの映画を観て強く感じたのは「とまどい」だ。村唯一の医者である笑福亭鶴瓶が感じる重圧、そして失踪。信頼していた者を失ったときの村人たちの不安、それぞれの異なる見解。真相を知るものの何も行動は起こせない瑛太余貴美子。この映画で描かれる負の感情が、「ゆれる」で大フィーバーした西川美和監督自身が抱いていたもののような気がしてならない。

どうもそのあたりが腑に落ちなくて、監督のインタビューを読んでみたんだけど、やっぱりそういう感情が根底にあったらしい。その感情を描くのに最適な題材が「僻地医療」だったようだ。こういう風に自分の思想を織り込むのは映画として素晴らしいことだし、観ているのも楽しいんだけど、どうも本作はちょっと見せ場に欠けていた気がする。僻地らしく静かに物語が進んでいくんだけど、あまりに静かすぎて「まだこれから盛り上がるはず」と待ち構えてしまい、気が付いたら映画が終わっていた感じ。結局、一番印象に残っているのはアバンタイトルのとこで、あの写真を撮る場面が欲しかった気もする。

序盤にあったややコメディタッチなところで、余貴美子がいるせいか「おくりびと」を思い出した。だから「どこかで泣く場面がくる」と思い込んでいたんだけど、この映画はそんなドラマではなくて、とにかく観客に解釈を委ねようとする作品だった。登場人物がみんなハッキリしたことを言わないんだわ。これは他人が立ち入れる領域ではないので、描き方としては当然だと思う。「資格」があるかないかを詰めていくと、あの二人のラストが答えになるんだろう。

「ゆれる」では文字通り感情を揺さぶられたが、本作では登場する村人たちのように戸惑ってしまった。西川美和監督。ホンモノです。(★★★☆)