「ゼロの焦点」

お話が堅くてもその力強い演技に圧倒された『沈まぬ太陽』。お話がよくわからなくてもその質の高い演技に引き付けられた『クヒオ大佐』。お話が引き出した旨味ある演技に興味をそそられた『ウルトラミラクルラブストーリー』と『ディア・ドクター』。お話がちょっとアレレな感じでも「頑張ってるなぁ」と熱が伝わってきて、そのキャラクター性だけで十分楽しめた『ジェネラル・ルージュの凱旋』『BALLAD』『カイジ』。というように、ぼくにとって邦画とは役者の演技だけである程度楽しめてしまうものだ。

これはやっぱり海外の作品と違って言葉がちゃんと言葉として伝わってくるからで、『GOEMON』なんか痛々しいセリフばっかりだけど、くそ真面目に演じてやがるので、ぼくは案外聞き入ってしまった。『重力ピエロ』も散文的なセリフが映画には合わなそうなのに役者の声色や表情が素晴らしいので心地よく聞くことができた。同じセリフでも字幕を読むか声を聞くかで印象は変わる。と、当たり前のようなことだけど、山崎豊子に続き、松本清長作品に一度も触れたことが無いぼくが『ゼロの焦点』に期待したのは、何を隠そう広末涼子の演技だ。

昨年の『おくりびと』で「妙な色気」を身に付けていることに驚かされたが、彼女の魅力といえば目を半開きにしながらの流し目。あの表情のときに見せる「綺麗」と「可愛い」の境界線を行き来するような魔力だ。モノローグを多用して説明過多になっていたり、バストアップばかりで見所のない画作りになっていても、広末が映っていればぼくは楽しむことができた。ところが、だ。これは物語を知っていれば予想できたことかもしれないけど、後半にそれまでの広末ムードどころか映画自体をぶち壊すとんでもない演技をする者が現れた。

中谷美紀である。第一声から胃がちくちくするようなオーバーアクトを見せた彼女だったが、まぁ許容範囲内でむしろ広末の健気さが引き立っていたので、特に気にはならなかった。しかし、ある瞬間から突如として凄まじい怪演を見せる。あれを目の前で見ていたなら迫真の演技と感じることもできただろうけど、映画はカメラを通している。そのカメラもこれ以上はないあからさまな撮り方をするもんだから、もうどうしていいかわからなくなってしまった。

時代に翻弄された「過去」に焦点が当てられた物語。その紐解きが拙いのは仕方ない。しかし、たった1人の演技がすべてを「ゼロ」にしてしまった。(★★)