ただ、逢いたくて「母べえ」

家族がお互いに「べえ」をつけて呼び合う妙な習慣は、ユーモアを愛した父のアイデアだったのでしょう。そして、この映画の主演に吉永小百合を抜擢したのは、吉永小百合をこよなく愛する山田洋次監督のこだわりだったのです。というナレーションではじまる本作ですが(嘘)、とてもよかったです。日本映画らしいぬくもりが心地よくて、日本の映画をもっとみたいなと思わせてくれるいい映画でした。

よかったのは戦時中のドラマながら思想関係に寄り道をせず、ただただ吉永小百合演じる「母べえ」を描いたとこ。志田未来の初べえ、佐藤未来という子の照べえ、浅野忠信の山ちゃん、壇れいのチャコおばさん、笑福亭鶴瓶の奈良からきたおじさん、みんながみんなその時代に「いたんだろうな」というくらいの描き方で、この映画が描くのはあくまで吉永小百合母べえ

そして、その母べえがどんなにやっかみ気質なひとでも気が引けるような心が澄みきったひとで、その描き方はまるですべてのひと(特に母)には母べえのような心が備わっているはずなのだ、とでも言わんばかりでありました。山田洋次監督はよっぽど日本の未来が心配で、だからこそひとを信頼しているんだろうなぁ。

今際の際のセリフが現代に通ずる直球どストレートなメッセージで、それを受け取ったぼくはくやしいくらい泣いてしまいました。「悪法も無法には勝る」というセリフが現れるあたり、一方ではやりきれないを想いを噛みしめてはいるんだけども、役者陣の好演と山田洋次監督の落ち着いた演出に、ぼくの心もきゅんと痛んだようです。しっかし、吉永小百合さんの年齢不詳さ加減はすさまじい。普遍性に富んだ作品ながら、そこだけは人間ばなれだったです。

戦争はひとの弱さにつけこんでくる。「お国のため」だなんてエラソーなこと言わないでッ!(★★★★)