その国のこども『闇の列車、光の旅』

2009年サンダンス映画祭監督賞/撮影監督賞受賞作。監督は本作が長編デビューとなるキャリー・ジョージ・フクナガ。日系アメリカ人。撮影賞を受賞しているだけあって、舞台であるホンジュラスやメキシコなどの暑苦しくも乾いた、それでいて緑が瑞々しくもある中南米独特の雰囲気がうまく映し出されていました。また、タイトルにもある列車をある種得体の知れないものとして撮れていて、その迫力には恐怖さえ感じられ素晴らしかった。主人公はメキシコでギャングとして暮らす青年カスペルとホンジュラスからアメリカへ命がけの旅をする少女サイラ。二人が出会うドラマ。

原題は「Sin Nombre」。スペイン語で「名無し」という意味だそうです。ギャングの青年とまだひとり立ちしていない少女の出会いから生まれるドラマといえば、昨年の韓国映画『息もできない』を思い出しますが、本作も咀嚼することが幸せには感じられない。そのドラマの行く末を案じ、やがて画面に提示される圧倒的なまでの現実にただただ立ち尽くすほか無いといった作品でした。邦題の『闇の列車〜』とはよくもまあ「闇」と言い切ったなと思いますが、人には生まれた瞬間からどうにもできないその国の仕来りや習わし、前世を呪うことや神や悪魔にすがることでしか解決の糸口が見出せない、ある程度決まってしまっている現実は残念ながらあります。映画も列車のレールが一本道であるようにカスペルとサイラをまるで決まっていたかのような「行く末」に連れていきます。二人を追う少年兵にカスペルが弟分として可愛がってきた少年スマイリー。よくもまあそんな名前を・・・とまた思いますが、原題の「名無し」には、この物語が決して局地的なものではなく、世界中どこにでもある話なのだよとも言っているように感じられ、よくもまあ・・・(ry

ここから盛大にネタバレ。本作は「映画」というものを「状況を伝える手段」とした場合には、物凄くよく撮れている作品だと思うし、その意味では意欲作として評価されるべき作品だとも思います。ただ、ダニー・ボイル監督の『スラムドッグ$ミリオネア』のようにこの物語の少年少女たちの生きる力は絶対に映画にしなければいけないといったパワーまでは本作には備わっていないように思いました。命をかけた旅の最中、カスペルに恋心を抱いたサイラは、カスペルの死という悲劇的なラストを経験しますが、これが彼女にとって成長になるだろうか?ぼくはこの物語が、彼女の人生で最初に起こった最大の悲劇として記録されるだけで、何も映画にする必要などないのではないか?と感じてしまった。それを娯楽として消化してしまうのは居心地が悪いし、無かったことにするのも歯がゆい。だからこそこうしてブログにうだうだと書き散らしているわけなのだが。ぼくは世界中のあらゆる悲劇を知ると、どこかにウソはないものかと打ちひしがれてしまう。ウソほどの救いはこの世にないのですよね。今月末には映画の祭典アカデミー賞アメリカで開催されるが、作品賞受賞は『英国王のスピーチ』か『ソーシャル・ネットワーク』か・・・。ぼくは映画内のウソという存在でしかない希有な存在マーク・ザッカーバーグをつくりあげた後者を応援しているが果たしてどうだろう。おそらくはウソのようなホントの話であろう『英国王のスピーチ』が勝利するか、はたまた嘘八百を並べたてた『ソーシャル・ネットワーク』か。まあ、他にもノミネート作品はあるけどね。とにかくこれは面白い対決である。ウソの付け入る隙がない現代だからこそ、ウソのような勝利をぼくは願う。