命の救出、魂の救済『プリズナーズ』
『プリズナーズ』感想。
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督曰く、この映画のテーマは「影響」だそうな。暴力がもたらす影響、家族の抱える恐怖が与える影響。「娘の失踪」という現在進行形の事件だけでなく、各々が抱える「過去」からの影響もちらつかせる、その見せ方が一風変わっていて面白いなぁと思いました。
日用の糧を祈りながら鹿を撃ち、帰りの車内でケラー(asヒュー・ジャックマン)は「おじいちゃんの教えを覚えているか?ハリケーンや洪水、死に直面すること、それらに“常に備えよ”だ。」と息子に言う。敬虔なクリスチャンとして描かれるケラーですが、では彼はその信仰心をいつから抱くようになったんでしょう。のちに明かされる父の自殺という過去。“常に備えよ”という精神は、父の死に直面した幼き日のケラーがそれを乗り越えるために抱いたものだったんじゃないでしょうか。
ケラーが息子と二人きりで話すシーンはそのほかに二箇所あります。ひとつは「母さんを頼んだぞ。心を強く持て。」と励ますシーン、もうひとつは「黙れ!」と食って掛かるシーン。いずれもケラー自身の心情が揺らいでいる場面ではありますが、後者はやや言い方がキツすぎるように思います。
アレックス(asポール・ダノ)への仕打ちがとんでもない過ちかもしれないという不安はもちろんあるんですが、人が怒るときって相手への異議申し立てよりも「痛いところを突かれたとき」のほうが多いと思うんですね。「あなたは嘘をついた!」と我が子に言われてしまったことがケラー に突き刺さったんじゃないでしょうか。
「黙って出ていかないでよ!」と言うバーチ夫妻の娘、18年前に昼寝をしていたら失踪していた息子のビデオを見続けている女性。映画は執拗に“子どもから目を離す親”という描写に時間を割きます。おじいちゃんの家を貸したら?あなたは全てから私たちを守ってくれるはずだったのにと嘆く妻が飲んでいる薬はいつ処方されたものなんだ?お酒を断ったのは9年前だというがそのきっかけはいったい何だったんだ?ケラーには間違いなく過去に何かありました。そして、そのことには幼き日に経験した両親の不在が関係あったのだと思います。
もう一人の主人公となるのがロキ刑事(asジェイク・ギレンホール)。あなた子どもは?との問いかけを華麗にスルー。仕事ばかりじゃなく家庭を持てという決まり文句は耳にタコ。他人と距離を置く、関係を築くことを得意とはしていないロキ。首に見えるタトゥーは彼の少年時代の孤独の名残か?フリーメイソンの指輪は彼と孤児を結び付けるんじゃないか?彼にも両親の不在に似た欠落が感じられます。
「人の家に勝手に入るな」−−−ケラーの娘への接し方はどこか冷やりと感じさせるし、迷路ばかり描く容疑者に「もう沢山だ」−−−それまで冷静だったロキが痺れを切らしてしまう。子どもに感情的になってしまう共通点のある二人には周囲とは違って“同じものに囚われている”感じがあります。しかし、信仰心で自分を守るケラーに対して、「約束を守れないならそう言ってください」−−−ロキが信じるのは自分だけ。この違いが事件へ迫る道を隔て、最後に立つ者として二人を分かちます。
クライマックス、流血と雨で視界が悪いなか自分を鼓舞しながら車を走らせるロキ。彼にとって、娘を救うことはその子の命と事件の解決に加え、自分の中の何かを解放することだったんじゃないでしょうか。そして、赤いホイッスルの音。娘はホイッスルを見付けたと言っていたがそれは違うと病室で語られる。見付けたのはケラーです。彼もまた娘の無事を知るとともに幼き日に失った自分の何かを見付け、そこに囚われていることから解放されようとしていたんじゃないでしょうか。人は何かに囚われている。映画はその哀しみと葛藤、そこからの救済を描く。「神」ではなく差し伸べられる「人の手」によって行われる救済。ハイ。とっても面白い映画でした!おわり