美しいサッカー『海街diary』

ぶっちゃけ期待値はそれほど高くなくて、是枝監督なぁ、久しぶりに夏帆ちゃんを見に行くかぁくらいのテンションだったんですが、やられました。綾瀬はるか長澤まさみ夏帆、そして広瀬すずの女優カルテット、彼女たちの物語を紡ぎスクリーンに記憶するような映像表現、心地良く入ってくる菅野よう子の音楽(たしか『ハチミツとクローバー』(2006)も良かったよね)、梅酒や浅漬け、しらす丼などによる飯テロ。あらゆる要素にすっかり魅了されてしまいました。以下、良かったところをつらつらと。

海街diary』感想。

▼三女・千佳の魅力


どうしたって四姉妹の魅力を語らずにはいられないんですが、一番印象深いキャラクターだったのは夏帆ちゃん演じる三女・千佳です。長女・幸と次女・佳乃の掛け合いが行われるなか、どこか能天気な千佳。この能天気さを装ってる感がたまらなく魅力的なんです。ご飯をかけ込んだりするのも、きっと幸姉に注意されたいからっていうそんな理由からやり始めたことのような。それが次第に癖になってしまったような。馬鹿になることで居場所を見つけたみたいな。千佳はそういう子だと思いました。


異母妹の四女・すずが現れ、自分よりもすずのほうが父のことをよく知っているとわかる千佳。これね、ちょっとくらい拗ねちゃってもオカシくないシチュエーションと思うんですが、さびしげな笑顔を浮かべながら事実は事実として受け入れたあとに〈釣り〉のことをきくなり本物の笑みがこぼれる。このシーン。このシーンの千佳をこれでもかと意識的に映してくれて、瞬間、彼女の傷が癒えていくさまを見ました。人との触れ合いによって〈思い出が増えていくさま〉がスクリーンに記憶として焼き付けられるマイベストシーンです!


▼とはいえ、すずの物語


「良かったら家に来ない?」
「え……行きますっ!」

ここまでの一幕だけで、映画一本分の見応えがありました。オープニングのセクシー朝もやシーンから父の訃報、葬式という別れの場でのすずとの出会い、四人で見る鎌倉に似た景色。もう、これだけでイイっす。ここまででもうすでに海!街!ダイアリーしてますがな!と思っちゃいました。

「もう助からないお父さんと、ずっと一人で向き合ってきた」

この言葉に救われたすずは四人で暮らすことを選び、学校で走ったり遊んだりの仲間に巡り会います。はじめに、佳乃・千佳を案内したときは、あんなに“ただ歩いていた子”が、幸に山道を先導される頃には“生き生きと歩みを進める”ようになる。扇風機の前でバサッと佳乃のように奔放に振る舞うになるし、顔が隠れるように茶碗を持つ千佳のような愛嬌を振りまくようになる。鎌倉での毎日を過ごす一挙手一投足、ドリブルとシュート、様々な人との触れ合いが、すずの表情・心をつくっていく。この感動。これぞ物語です。広瀬すずちゃん、名前知ってたけどしっかりと見たのはこの映画が初めてでした。学校とお家での演技の切り替わり、とっても良かった。


▼千佳とすずの絆


千佳が、もしスポーツ用品店で働いていなかったら。もし地元サッカー部のサポーターやってなかったら。すずの歩みは変わっていたでしょう。前田くん演じる風太の言う「三人兄弟の末っ子だけど、俺んときは、父さんも母さんも女の子がほしかったみたいでさ」の会話は、きっと三女・千佳にも当てはまります。父と母の弱さと優しさ、幸と佳乃はそれぞれを受け継ぎましたが、二人にはない父と同じものを千佳は持っていました。そんな千佳がすずに道を与える家族の不思議。二人のあいだには巡り巡って結ばれた絆があると思いました。


ジダンマルセイユしてるシーンがあったんで、最後にヨハン・クライフの言葉を借ります。

「美しいゴールは誰にでも決められるが、美しいサッカーはそうではない」

家族の不在をテーマにしながら、赦しという結果を強調せず、そこに至るまでの〈時の美しさ〉を捉えたところに、この映画、この家族の神秘性があると思います。はじめとおわりにある同じセリフ「父は優しい人だった」がまるで違う印象を与えてくれて気持ち良く劇場を後にできました。ハイ。近年の日本映画のなかでまぎれもなく最高の一本。ありがとうございました!