敗者は声を殺してガッツポーズをする『マネーボール』(2011)


レンタルDVDで見ました。おもしろかったー。すんごい好きこれ。実際の出来事を題材につしたことや脚本陣営が同じであることから『ソーシャル・ネットワーク』(2010)を思わせますが、あちらは、フェイスブック創始者というあくまで「勝者」の映画であって、こちらは「敗者」についての映画なんですよね。主人公ビリー(asブラッド・ピット)は、期待の高卒ルーキーとしてニューヨーク・メッツに入団したもののパッとしない現役生活を送った元メジャーリーガーで、今は、オークランド・アスレチックスでゼネラルマネージャーを勤めています。球団オーナーからチーム編成についてを任されている立場ですね。選手に評価を下し、引退勧告やトレード成立などの取捨選択をしていく様子には『マイレージ、マイライフ』(2009)におけるジョージ・クルーニーとダブるものもあり、そんな彼の人物像がだんだんと見えてくる語り口がおもしろかったですね。

劇中でビリーがたびたび言うセリフに「人には人の将来なんてわかるワケがない」というのがありましたが、それは、現役時代の自分への後悔/自分をスカウトした者たちへのうらみのようでもあるんですね。それらを拭い去るために、他球団からヘッドハンティングしてきたピーター(asジョナ・ヒル)には、マネーボール理論で野球を見るキミだったら当時の俺をドラフト何位に指名する?という質問をして、10巡目に指名するかもしれないけど大学進学がベストの選択だった、と、余計な感情のない答えをもらいます。この言葉のおかげで、ようやく自分が「敗者」であるという自覚をした彼は、それを認識させてくれたマネーボール理論に勝利への活路を見出だして、戦いを始めていくんですね。

彼が執拗にこだわる一塁へのハッテンバーグ選手の起用には、一塁を定位置としているペーニャ選手が、高卒ルーキーの人気選手だということ/自分と同じような選手だということと、怪我からの再起に奮闘するハッテンバーグ選手に賭けたい/自分には無かった道を与えたい、という想いがあります。そのためにペーニャ選手をデトロイト・タイガースへトレードに出すんですが、その通達はビリー本人ではなくピーターが代わりに行います。トレードをすんなり受け入れるペーニャ選手の様子には「向上心の無さ」を感じます。同じようなモチベーションのジェレミージアンビ選手も容赦なくチームから切っていきます。「敗者」であるビリーが負け犬根性の染み付いた選手を「掃除」していくわけです。こうして、アスレチックスは、マネーボール理論を踏まえつつも闘争心を持ったチームへと変わっていき、連勝に連勝を重ね、沈んでいた順位がひとつまたひとつと上がり、ついには大リーグ記録であるリーグ戦20連勝という記録を打ち立てます。その記録のかかった試合の決定打というのが、出塁率のために獲得したハッテンバーグ選手によるサヨナラホームランだというのはあまりに劇的です。しかし、ポストシーズンではまたしても敗れ去ることとなり、結果的にチームは、二年連続で同じ位置という幕切れになってしまいます。が、勝たなければ何の意味もないと思ってしまうビリーに、ピーターがある選手の映像を見せます。100キロ超えの巨漢なのに二塁を回るのが恐いという野球選手の映像です。バットを振り抜いて必死に一塁へ駆けていったその選手は、案の定、一塁ベースを蹴ったところで転んでしまいます。周囲は笑います。しかし、笑っている理由とは巨漢選手の打った球がホームランだったからです。その映像を見たビリーは、「人は野球に夢を見る」という言葉を思い出します。この言葉は、彼がしきりに言っていた「人には人の将来なんてわかるワケがない」という彼自身の言葉に疑問を投げ掛けるものです。ラスト、自分の感情に整理がついていないような表情を浮かべながら車を走らせるビリー。車内には愛娘から贈られた歌が流れています。そんな彼の様子をカメラはアップで捉えるんですが、瞬間、焦点が窓の向こう側の道路にうつります。その道路には、工業系のトラックなどの車が走っています。これは、ビリーが想いを賭けたアスレチックスによるドラマが、誰かに何かを与えているはずだ/一塁で転んだ巨漢選手のように知らず知らずのうちに実を結んでいることもあるのだ、という風に言っているのだと思います。マネーボール理論は、見限られている選手に視点を置く新しいものでしたが、映画が描いたドラマも勝者と敗者に新しい視点を与える物語でありました。ブラピさいこー。おわり。